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元気になって明るい「カラフル」な

人生を送ってほしい

 

起立性調節障害カラフル 代表
​​


平野直美さん

「起立性調節障害」とは、自律神経機能不全による起立循環障害という特徴のある病気で、小学校高学年から高校生の成長期に見られます。

 

 ー最初は病名がわからなかった 

平野さんの娘さんに起立性調節障害の症状が起こり始めたのは2010年ごろ。小学4年生の頃でした。 朝起きられなくなりトイレで吐くという体調不良が毎日続きました。

 

それまで地域のダンス教室に行くなど元気に過ごしていた娘さん。不思議なことに朝は不調ですが、夕方、夜になると元気になります。その後かかりつけの診療所に行っても病名はわからず、総合病院の小児科へ。検査を受けて「起立性調節障害」という病名がわかるまでに3ヶ月かかりました。

 

 ー親も子も理解されなくて辛かった 

当時「起立性調節障害」という病名は、現在のように一般の人たちに知られておらず、その実態を知る人は少なかった。社会に「起立性調節障害」への理解があまりなかったといえる時期でした。 

 

体調不良から学校を欠席する娘さんに対して、学校は、学校に来るように求めます。 そうしたくてもできない。皆ができることができない。 「母親として努力不足では?」と、平野さんは、自分がダメなのではないかと悩み続けました。 自分のしんどさ。子どものしんどさ。学校、知人、友人に言っても、なかなか理解されません。

 

 ー「仲間がいるんだ」と初めて思えた 

娘さんが発症してから1年以上経った頃に、神戸で活動していた起立性調節障害の親の会の団体が、高槻で田中英高医師の講演会を開きました。そして、講演会の後の懇親会に出たのです。 そこで初めて、今まで誰に話してもわかってくれなかった孤独を感じることなく、「仲間がいるんだ」と思うことができました。

 

 この神戸の団体は、現在『NPO起立性調節障害ピアネットAlice』として活動されています。 そして講演された田中英高医師は、起立性調節障害のガイドラインの作成委員長を務め、長年、起立性調節障害研究に取り組み数多くの著者があります。

 

 ー親の会の活動を始める 

仲間に出会った平野さん。当時は高槻に親の会がなかったため、神戸の会に集まっていましたが、そのうち北摂地域のお母さんが喫茶店で集まるようになり、やがて公共施設を借りて集まるようになります。こうして、2012年12月に、 『起立性調節障害・高槻会』が発足します。

 

 それまでは、無理矢理にでも学校に連れて行くのが親のつとめだと思っていて、子どものしんどさに気づきませんでしたが、それからは、家を子どもが安心できる場にしていかなきゃいけない、という考え方に変わりました。 「親の会がなければ、ずっと子どもを追いつめていた」と述懐する平野さんです。 

 

 娘さんが発症した当時の校長先生も、「この病気を知らなかったからお母さんを傷つけた」 「なにより知ることが大切」 と、その後協力してくれました。 

活動の中では、学校の先生対象の勉強会を高槻市、大東市、吹田市の教育委員会の研修として実施してきました。 

 

 ー見えてきた制度の限界 

 平野さんの娘さんは、通信制高校を7年かかって卒業。体調が戻ったのは高校入学後の4年目からでした。それから24歳で大学に入学して現在も学ばれています。 こうした経験から、さまざまな制度の限界が見えてきました。 

 

 ちょうど勉強が難しくなる小学校の4年生で発症して学校に行かれなかったため、その後、穴を埋めるために家庭教師をつけるなどの費用がかかった。夜間中学など、公的な機関で年齢に関わらず、やり直し学習ができたらと思う。

 

 また大学の給付型奨学金の対象者は、「高等学校等を卒業してから2年の間までに大学等に入学を認められ、進学した者」となっているけれども、年齢の幅を柔軟にしてほしい。

 

 ー否定しない声かけを 

会を立ち上げた頃に比べたら、「起立性調節障害」が知られるようになって、学校や家族など、「周囲が理解してくれない」という現状は変わってきたようです。でもちょうど思春期、反抗期と重なることもあり、「子どもとの向き合い方がわからない」という声や、「情報過多の中で、どんな情報が必要なのかわからない」という声があります。 そうした悩みの声には、平野さんはどう思われるでしょうか。 

 

「正解はなくて、個別によって違うから、子どもの意見を聞くことが大切だと思う」 学校に通えなかったり、他の人がしていることができなくて挫折感にとらわれたり。「死にたい」という否定的な気持ちが起こっても、「お母さんは生きててほしいと思ってる」そう伝えて、一緒に乗り越えてほしいと思います。

 

 ー「カラフル」に込めたおもい 

2019年には、高槻市以外からの参加者もおられることから、団体名を『起立性調節障害カラフル』に改名しました。 「元気になって、明るい未来を生きていく」というおもいを「カラフル」という言葉に込めました。 

 

 これからの抱負として次の2点をあげてくれました。 

︎●親が話す会を確実に続けていく。

●学校の先生対象の勉強会「カラフルのわ」の活動も続けて、将来の進路や受け皿のことを考えたい。特別支援学校の院内学級や夜間中学の先生にも参加してほしい。  

 

 

ー誰からも理解してもらえないという孤独なおもいから、仲間との出会いによって、偏見や誤解を解くために動いてきた平野さん。 これからも地道で諦めない活動を続けてほしいと願っています。 

 

 「起立性調節障害」でお悩みの方。もっとお知りになりたい方は、↓のホームページを参考にしてください。

●起立性調節障害カラフル 

https://od-colorful.jimdofree.com/

●︎起立性調節障害 Support Group(サポートグループ) 

https://www.od-support.com/

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